■ローンの心理的ストレスを動員する政治


「デモ」とは何か 変貌する直接民主主義 (NHKブックス)

「デモ」とは何か 変貌する直接民主主義 (NHKブックス)

五野井郁夫『「デモ」とは何か』NHKブックス

 五野井郁夫様、ご恵存賜り、ありがとうございました。
 アメリカの私立大学では、1年間で300万円程度の学費がかかります。800万円というところもあります。在学中の4年間で、1,200万円から3,200万円の学費をすべて、「学資ローン」でまかなうとすると、大学を出た若者たちは、たとえ一流企業に就職したとしても、最初は「借金人間」として、貧しさを経験するでしょう。
 どんなに優秀なエリート予備軍であっても、若いときは下層階級に共鳴する下部構造あります。
 若者たちだけではありません。99%ムーブメントの関係で、ニューヨーク・タイムズだったかウォール・ストリート・ジャーナルだったかに載ったある記事を読んでいたら、ある中産階級の家庭で、自分たちは年に一回、一週間ほどヨーロッパを旅することが精いっぱいで、とても豊かさを実感できていない、というようなことが書かれていました。そういう中産階級も含めて、現状に抗議する直接行動を、心理的に支えている土壌があるのでしょう。そのストレスにはいろいろな要因があるでしょうが、リーマン・ショック後に、経済が鈍化・停滞したというのが、一つの要因かもしれません。しだいに貧しくなっていく局面で、そのストレスを社会的に表現したくなる。
 直接行動の担い手たちが、「ウォール街」に対する批判に的を絞ったというのは、示唆的です。いわば、アメリカにおけるローン地獄の心理的な過酷さに、照準したわけですね。住宅ローンと学資ローン。
 問題は、前の世代が、富を残さなかったからなのか。あるいはそもそも、アメリカでは「自立」の理想のために学資ローンを組まなければいけないからなのか(これは現代に限った問題ではない)。それとも、ブッシュ政権時のアセット・ベースの政策によって、住宅ローンが奨励されたからなのか。いろいろな理由が考えられます。いずれにしても、ローンの心理的なストレスがあって、それを社会運動家たちは、感情的に動員することに成功したということかもしれません。