■フレクシブルな働き方の思想的問題

孫子誠男/水島治郎編『持続可能な福祉社会へ 3 労働』勁草書房、2010年

若森みどり様、ご恵存賜りありがとうございました。

エステベス・アベによる社会的保護と技能タイプの分類は重要。『資本主義の多様性』所収論文。雇用保護の水準を引き下げて、失業保護の水準(職業訓練など)を引き上げる。そのようにして、労働のフレクシビリティを高めながら、セキュリティも同時に高めていく。この方向に制度を変革した場合、労働観にどのような変化が生じるだろうか。

・おそらく、職業の「格」や「威信スコア」といったものが流動化するだろう。あるいは威信財の価値は、人間の評価をめぐって、相対化されるだろう。格や威信を求めて、一定の「職能社会」に組み込まれていくというよりも、職業の格や威信をフレクシブルに変更しつつ、生活のセキュリティを保障されるような、能力開発と安心を優先する社会。そこでは、人々は、一定の職能を果たすことによって社会に貢献するのではなく、社会の変化に応じて適応していかなければならない。するとそこでは、自分の職業を変化させても生きていくという幅のある力が、評価されるであろう。大きな「変化への適応」こそ、労働の美徳となるのではないだろうか。

・いろいろな職業を経験した人、いろいろなアルバイトを経験した人が、「話の面白い人」として評価され、代わって、一つの職業に縛られた人は、「話の面白くない人」として、あまり評価されなくなる。そんな社会はすでに到来している、といえるかもしれない。

・カール・ポランニーは、1920年代のドイツやイタリアが、19世紀のイギリス市場経済モデルを導入しようとして、失敗したと考えた。長い時間をかけて育まれた市場取引の慣習がなければ、市場経済の導入は、その社会の伝統的な絆を破壊してしまう。そこで市場経済化の波が押し寄せてきたときにとりうる選択肢は、三つあるだろう。一つは、ゆっくりと市場経済を導入して、市場の慣習を育むという方途。いわば、社会に埋め込まれた市場を、ゆっくり実現するのである。もう一つは、民主的な政府が、所得分配や規制や財政政策を主導して、政府がイメージする福祉社会に、埋め込まれた市場経済を実現していく方途。これは、進歩主義的な解決である。第三に、市場経済をできるだけ導入しないで、伝統的な経済の慣習を保持すること。伝統主義的で、保守的な解決。

・ポランニーの立場は、第二の立場であろう。その場合の難問は、民主的な政府は、経済民主主義を実現できるか、という点にある。民主主義の主体は、市民であり、計画経済の理想と、埋め込むに値する文脈の再創造を、アウフヘーベンすることができなければならない。これは途上国政府の官僚なら誰しも思い当たるメンタリティではないか。

市場経済の開放性を迫るアングロ・サクソンの強国と、それを阻止しようとする途上国政府の言い分、という構図。