■規範は記述できない

エスノメソドロジー―人びとの実践から学ぶ (ワードマップ)

エスノメソドロジー―人びとの実践から学ぶ (ワードマップ)

前田泰樹・水川喜文・岡田光弘編『ワードマップ エスノメソドロジー新曜社、2007年

・前田泰樹様、水川喜文様、岡田光弘様、ご恵存賜り、ありがとうございました。

エスノメソドロジーによれば、規範とは、行為や光景などについての「可能な記述」と、行為や光景を理解するための「装置」から成り立っている。装置が、可能な記述を同定し、また、可能な記述の上に、装置の使い方が示される。例えば教師が、生徒に向かって、「静かにしなさい」というとき、その言明は、規範という装置の「可能な記述」であるが、教師はどんな規範装置によって「可能な記述」を導いているのか、それを説明しないでも通用する。規範とは、「静かにしなければならない」という要請が、無批判に通用する事態であるといえる。教師は、「可能な記述」によって、規範装置が存在することを示すのみである。規範は、可能な記述と装置を直接結びつける。

・ただここで規範とは、正確には、「可能な記述」と「装置」から成り立っているのではなく、「行為の要請」が、もっぱら「その場にふさわしい/ふさわしくない」という理由によって、理解されて通用する、ということだろう。「要請」と「相応性」と「場所性」という、三つのファクターによる規範の理解が、必要である。

・しかし「要請」「相応性」「場所性」この三つの結びつきは、強固なものではない。ある場所において、どのような振舞うことがふさわしいのか、それがよく分からない場合、規範が弱い、といえるのか。規範とは、行為を導く条件ではなく、むしろどんな行為をしてはならないかについての条件ではないか。また規範は、それが反省的に捉えられている場合には、ある場所においてどうしてこのように振舞うことがふさわしいのか、という問題に「理由」を与えることができるはずだ。「この場にふさわしい/ふさわしくない」という言明だけで、ある要請を正当化するのではなく、その言明の理由を示すことによって、正当化することもできる。

・すると規範とは、行為を導く条件ではい。規範はまた、行為を可能にする条件一般でもない。そのような条件は、駆動因、信条、慣習、享楽など、さまざまなものがあるはず。

・規範は、「要請」と「相応性」と「場所性」のパッケージによって与えられるのではなく、「相応性」の理由を体系的に与えるために、相応性の反省的な理論化を必要としている。相応性の理由をうまく体系化した場合に、規範は、さまざまな規範のなかから選ばれる。