■「福祉世界」とは国家干渉の縮小をもとめる社会のこと

グンナー・ミュルダール ある知識人の生涯 (経済学の偉大な思想家たち)

グンナー・ミュルダール ある知識人の生涯 (経済学の偉大な思想家たち)

ウィリアム・J・バーバー著『グンナー・ミュルダール ある知識人の生涯』藤田菜々子訳、勁草書房

藤田菜々子様、ご恵存賜り、ありがとうございました。

  本書は、ミュルダールの研究と人生をコンパクトにまとめた好著です。著者のバーバーは、ミュルダールの大著『アジアのドラマ』にかかわる研究プロジェクトに参加した経験を持っています。経済思想史のベテランの研究者(1925-)です。

 ミュルダールは、著書『福祉国家を超えて』のなかで、将来の「福祉世界」のイメージを、次のように描きました。すなわち、国家の直接的な干渉によって福祉を実施するのではなく、可能なかぎり、その責任を「地域別」や「部門別」の当局に移譲するような社会が望ましい、と。(186頁)
 この「福祉世界」のアイディアは、国際的な経済組織の発展によって、国家の干渉主義をできるだけ削減しようと企てる点で、ある意味で「新自由主義」のアイディアとも両立するような福祉政策です。私はこれを、「北欧型新自由主義」というモデルとして、新たに検討すべきではないか、と考えています。

 ミュルダールの晩年の大作、『アジアのドラマ』をどのように評価すべきでしょうか。ギアーツは本書を批判していますね。けれども本書のなかで、興味深い記述がありました。ミュルダールの娘、シセラ・ボクは、父の研究生活について、次のように記しています。「真夜中に起き、恐怖や不安を感じながら考えることがよくある。いったい私は何をしているのか、いつそれはできあがるというのか。そうした書物を書くのは、ひざまで泥に浸かって第一次世界大戦塹壕に立っているようなものだ」と。

 ミュルダール本人は、『アジアのドラマ』を書いているとき、次のようなことを記しています。「私はこのとてつもない仕事を私のシステムから産出するために、私の人生の他のいかなる時よりも、そして私がこれまでに見た他のいかなる人よりも、懸命に働いてきました。昼夜をおかず、土曜も日曜も働き、休みはありませんでした」と。(206頁)

 晩年に、これだけの大著を書くということは、本当に壮絶な研究生活だったと思います。それ自体として、尊敬に値しますね。通常の大著にして三冊分の分量をもつ『アジアのドラマ』に、私はいまも、圧倒されています。