■ハッカーの倫理

ハクティビズムとは何か ハッカーと社会運動 (SB新書)

ハクティビズムとは何か ハッカーと社会運動 (SB新書)

塚越健司『ハクティビズムとは何か』ソフトバンク新書

塚越健司様、ご恵存賜り、ありがとうございました。

 ハッカーの世界には、暗黙に共有されている「倫理」があります。それはすなわち、「徹底した情報の共有」であり、それによって、官僚主義権威主義に対立するコミュニケーションの世界を築くことが目指されています。情報が共有されると、よりいっそう、ハッキングの手口の創造性が高まるでしょう。サイバースペースに国家が介入せず、そこで自律的な自治をするというのが、1960年代のヒッピー文化から生まれた「自由の倫理」でしたが、ハッカーの世界は、その倫理を継承して、国家やその他の権威に対抗するわけです。
 既存の国家政策や法、あるいは裁判決定などを無効化することを目的とする点では、ハクティビズムは、アナキズムであり、サイバースペース上のアナキズム運動です。
 けれども、アノニマスの運動は、少し違います。アノニマスは、政策の無効化のための間接的なツールづくりよりも、直接的なパフォーマンスによって、社会に価値を訴えるという方法をとります。それは市民的不服従の論理だと言えるかもしれませんが、そのように言うためには「市民的不服従」の意味内容を、改めて解釈し直さなければならないでしょう。
 例えば、あるサイトに、匿名の人たちが、いっせいにアクセスするという攻撃行為があります。そのような行為は、しかし、誰が攻撃しているのか、その責任の主体をあいまいにしてしまいます。そうなると、誰が「市民的不服従」をしているのか、政治的な争点がみえません。「不特定市民の不服従」という、新たな概念が必要になります。
あるいは、情報のリークという行為があります。あるリーク行為は、現行の法律では不法であるとしても、市民的な理想の法の下では、正しいといえる、――そのようなことはあるのでしょうか。市民的不服従を実践することは、広く市民社会の倫理というものが国家の論理とは別に存在すると想定した上で、「悪法ではない正しい法」に照らして、自らの行為を正当化できるという確信がなければだめです。その確信はしかも、人々の是認を当てにできるものでなければなりません。
 ハクティビズムは、市民的不服従なのでしょうか、それともたんなるアウトローなのでしょうか。あるいはまた、ハクティビズムは、情報共有を求める反権威主義の倫理なのでしょうか、それとも社会運動による政治影響力の行使なのでしょうか。いろいろな考え方があるなかで、いまハクティビズムというものが、時代を象徴する一つの運動として現れているのでしょう。とても参考になる一冊です。