■ 社会主義経済計算論争、もう一つの学説史

森岡真史『ボリス・ブルツクスの生涯と思想』成文社

森岡真史様、ご恵存賜り、ありがとうございました。

 大変な力作であり、経済学史・経済思想史における意義深い貢献であると思います。ボリス・ブルツクスという経済学者は、社会主義経済計算論争に出てくるという点で知られているわけですけれども、ロシア人で、西ドイツに亡命したということで、その全体像はなかなか描かれずにいました。今回、さまざまな資料を駆使して、全体像に迫った本書は、世界的にみても最高水準の成果ではないでしょうか。
 ブルツクスは、ミーゼスと似たような主張を同時期にしたことで知られます。ですが、現実のロシア経済を追いながら、ネップの成果を承認しています。
 むろん、マルクス主義ナロードニキ主義に対しては、いずれも批判的で、むしろブルツクスは、非資本主義的な経済組織が、副次的・補完的に、資本主義と併存されるような社会を展望しました。ナロードニキのように、自給自足の農耕生活を理想化するのではなく、平凡だが勤勉な民衆が、民主主義を通じて経済を運営できるようなシステムを展望しました。
 ハイエクは、ブルツクスの社会主義批判に感銘を受けて、1935年に、彼の本のドイツ語版に、序文を寄せています。また、1954年には、社会学者のベンディックスとリプセットが、ブルツクスのドイツ語の論文を英訳して、論文集『階級・身分・権力』に収録しています。
 ユダヤ人であったブルツクスのアーカイブは、エルサレムヘブライ大学に保管されています。その資料を基に、最近、研究が進んでいます。妻のエミリヤの日記も刊行されたとのことです。興味深いですね。2000年には、オーストリア学派のピーター・ベッキが、ブルツクスの社会主義経済計算論争に関する本を復刊しています。