■スティングのピノチェト批判


ハイエク - 「保守」との訣別 (中公選書)

ハイエク - 「保守」との訣別 (中公選書)

楠茂樹/楠美佐子『ハイエク』中公選書

楠茂樹様、楠美佐子様、ご恵存賜り、ありがとうございました。

 スティングのアルバム『Nothing Like the Sun』に、They Dance Aloneという曲があります。最愛の家族(夫や息子)を失った母親が、一人でダンスする。チリの民族舞踊クエカをダンスする。そのようなシーンを描いた歌です。
 背後にあるメッセージは政治的なもので、チリのピノチェト大統領を批判しています。
 ピノチェトは、世界で初めて民主的な手続によって誕生した社会主義政権である、チリのアジェンダ政権をクーデターで打倒します。そして軍事政権を樹立し、徹底的な自由市場経済を導入します。
 その際、クーデターとその後の政策運営において、潤沢な外国の資金(主としてアメリカの資金)を得ることができました。アメリカの支援金は、独裁者ピノチェトを助け、そのお金は、拷問と銃のために使われました。多くの活動家たちが粛清され、帰らぬ人となりました。スティングは、そのことに言及した上で、ピノチェトよ、「見えない息子と踊っている、自分の母親のことを考えられるかい?」と歌います。
 この歌は、ある意味で、ハイエクに対する批判でもあるでしょう。ハイエクは、民主主義の下での社会主義よりも、独裁制の下での自由市場経済の方が、自由な社会であると考えたからです。もちろん、クーデターその他によって、意見の違う政治活動家たちを粛正するようなことを、ハイエクが認めたとは考えにくいです。ただ、そのような政治的問題への態度とは別に、独裁政権のもとで自由市場経済がうまくいくようなケースは、アジア諸国においても、これまでみられましたし、いまだにみられます。考えるべきは、民主的な手続を経て誕生した世界初の社会主義が、クーデターによって打倒されたことの悲劇です。しかもアメリカがそれを支援したのです。