■ 所有権よりも競争環境

経済と人類の1万年史から、21世紀世界を考える

経済と人類の1万年史から、21世紀世界を考える

ダニエル・コーエン『経済と人類の一万年史から、21世紀世界を考える』林昌宏訳、作品社

林昌宏様、ご恵存賜り、ありがとうございました。

 さまざまなエピソードが散りばめられていて、楽しく読めます。
 1929年の世界大恐慌のとき、アメリカでは、耐久消費財は、主として分割払いで購入されていました。家具の85%、蓄音機の80%、洗濯機の75%、が分割払いでした。ところが途中で返済できなくなると、購入した商品は、すでに支払った金額とは無関係に、差し押さえられてしまったようです。差し押さえられるという不条理な事態に直面して、人々の多くは、分割払いで物を買うリスクを認識したのでしょう。その後、購買意欲を減退させました。実際、1929年から1933年にかけて、耐久消費財の購入は、50%も減少しています。

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 17世紀以降のイギリスにおける経済的成功を説明するために、ダクラス・ノースが引き合いに出した理由は、イギリス社会の特徴として、「所有権の尊重」、「健全な国家財政」、「効率的な市場」がすでに存在した、ということでした。
 しかし同じような条件は、当時の中国にもあった、というのがケネス・ポラメンツの理解です。中国ではすでに15世紀に、世襲制度が崩壊しています。中国ではさらに、17世紀以降、農業から手工業への移行も比較的容易にすすみ、消費社会も開花しています。にもかかわらず、産業革命は、中国では怒らす、イギリスで生じました。なぜでしょうか。あるいはなぜ、中国はその後も停滞したのでしょうか。
 ポラメンツによる説明は、地理的な条件がもたらす偶然、というものです。中国では、14世紀初頭におけるモンゴル襲来以降、国内を安定させることが優先課題となりました。そこで、貿易と産業が衰退し、腐敗や縁故主義がはびこることになった、というのです。
 これに対してヨーロッパでは、国民国家ないし帝国を単位とする、列強諸国の競争という環境が生まれました。この環境が、経済成長に対して有利に働いたというわけです。所有権制度の確立よりも、競争環境の整備が大切、ということですね。