■ かわいそうな女の子綾波レイを救ってあげる

宇野常寛原子爆弾とジョーカーなき世界』メディアファクトリー

宇野常寛様、ご恵存賜り、ありがとうございました。

 『ダヴィンチ』その他に掲載された評論をまとめた本です。
 エヴァ『Q』は、それまでのリメイクだった『序』『破』とは違って、その14年後の2029年に舞台を設定しています。シンジは、14年間、エヴァ初号機と同化していたという想定です。ところがシンジは、初号機から分離され、14年のあいだに激変した世界にショックを受けます。
 前作の『破』の結末では、エヴァ初号機が覚醒。それをきっかけにしてサードインパクトが生じ、人類は破滅寸前にまで追い詰められたことになっています。また、サードインパクトは、碇ゲンドウが意図したものだったということを、ネルフの一部の人たちが知ります。かれらは離反して、新たに「ヴィレ」という組織を作ります。
 『序』『破』と『Q』のあいだの違いを考えてみましょう。
『序』『破』では、碇ゲンドウは、人類補完計画にコミットメントし、その妻ユイは、エヴァ初号機と一体化しています。そして息子のシンジがエヴァ初号機に乗って、ユイ(母)のクローン的な存在である綾波レイを救うことになります。これはいわば、家族小説的な物語ですね。ある意味で女性差別的ですが、社会のためにコミットメントしている男性主人公を、無条件で肯定して包摂してくれる女性がいる。そうした状況の下で、男性主人公のシンジは、かわいそうな女の子綾波レイを救ってあげることでもって、家父長的な「自律」と「自尊心の基盤」を手に入れます。
 そのような物語を演じあった男女が「家族」を形成していくのだとすれば、それは、戦後家族的なモチーフと重なるでしょう。しかしシンジは、社会的に成熟することなく、幼児的な段階に留まっています。ある意味で、それが現代社会の問題性を表現しているのかもしれません。
 ところが『Q』では、家父長的な家族観を中核とする「ネルフ」組織が分裂、新たに組織された「ヴィレ」が「ネルフ」に挑みます。男女観の違いに基づく組織分裂のようなものですね。「ネルフ」の物語がすでに破綻しているとして、では、ミサト、リツコ、アスカ、マリ等が組織する「ヴィレ」は、どんな男女の物語を描くことになるのでしょうか。あるいは、「ネルフ」と「ヴィレ」という二つの組織の対立を、弁証法的に止揚する「第三の道」はあるのでしょうか。映画の続編が期待されます。