■正義の味方のヒーローたち
- 作者: 仲正昌樹
- 出版社/メーカー: 春秋社
- 発売日: 2013/04/24
- メディア: 単行本
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仲正昌樹様、ご恵存賜り、ありがとうございました。
日本語で「正義の味方」というときの「正義」は、悪者の言い分をいちいち聞いてその上で比較衡量するというのではなく、ある人(英雄)が信じる価値理念を、その人が強引に実現する際の主観的な理念、ということになりますね。
月光仮面やウルトラマンなど、正義の味方のヒーローたちは、闘いの際に、公共施設や住宅を破壊したりしますが、そうした破壊に損害賠償が生じることを、隠ぺいしています。
ある価値理念にコミットメントして、悪を倒し、善を実現するというのは、それだけでは、リベラリズムとコミュニタリアニズムの差異を示すものではありません。英米圏で、リベラリズムが主張する「正義」は、すべての人々を、一般的なルールにしたがって、公平に扱う、という意味で用いられます。公正としての正義は、だれもがコミットメントしうる価値ではなく、すべての人の行為を、ある一定の理由に基づいて、制約するための理念です。
これに対して「正義の味方」のいう「正義」は、共同体内部の成員では、もはや太刀打ちできない「悪」の出現に、共同体の外部から現れた超人(ヒーロー)が対処する際の理念です。しかしコミュニタリアンにしても、あるヒーローが、主観的に信じている価値を実現することが、コミュニティにとっての価値であるなどとは主張しないでしょう。
ただ、月光仮面やウルトラマンなどのヒーローが教えてくれることは、正義にせよ善にせよ、これらを共同体の成員たちが実現する場合には、超人に近いような努力が必要、ということかもしれません。
むろん、リベラル・コミュニタリアン論争で論じているのは、正義か善か、どちらが望ましいか、という問題であって、「正義か悪か」/「善か悪か」という問題ではありません。