■ハーヴェイ思想の集大成

コスモポリタニズム

コスモポリタニズム

デヴィッド・ハーヴェイ『コスモポリタニズム 自由と変革の地理学』大屋定晴訳・解説、森田成也/中村好孝/岩崎明子訳、作品社

 大屋定晴様、ご恵存賜り、ありがとうございました。

 ハーヴェイ思想の集大成です。講義内容を発展させて書かれた本書は、読みやすく、しかも、現代的な問題意識と時事問題へのコメントが散りばめられており、ハーヴェイ自身の思想的営みを再記述するという、野心的な試みになっています。第一章ではカント、それから、ポストコロニアル批判、新自由主義批判、さまざまなコスモポリタン思想の検討、地理学、時空間性のマトリクスというオリジナルな議論、場所の政治学(とりわけハイデガー批判)、と続き、最後に「環境」について論じられます。
 現代の政治思想における一つの潮流であるコスモポリタニズムについて、本書はとても丁寧に議論しています。新自由主義論については、やや要約しすぎかもしれません。
 またとりわけ、理論と実践に関わる独自のマトリクス理論は、いろいろな思考をかきたてます。これはもしかすると、成功していない理論なのかもしれませんが、制度と運動を対比させる視点そのものは、意義深いです。いろいろな応用ができるでしょうし、発想の転換にも役立ちます。大いに検討に値するでしょう。
 またこの点で、本書の日本語解説は、とても役立ちました。解説では、ハーヴェイがこれまで提案してきた各種のマトリクスも紹介されています。この紹介がなければ、ハーヴェイ理論に対する私たちの理解は、半減してしまったかもしれません。とても重宝します。
 ハーヴェイの場所論についても、いろいろと学ぶところが多いです。ワーズワースは、C.テイラーその他の議論の中で、オーセンティシティの倫理を提唱した一人とされます。ワーズワースを受けて、ラスキンやモリスの政治経済運動に至る一つの運動があります。それは「場所性」を、一つの理念としています。場所性の思想は、ワーズワースの段階で、湖水地方の観光ガイドブックとなり、資本主義のもとで自然を享受するための、一つの方向性を与えました。それはある意味で、「ロスト近代」の視点でもあるでしょう。
 ただ、ハーヴェイは、このようなオーセンティシティの理念によっては、近代も資本主義も乗り越えられない、と批判的です。ハイデガーの場所論についても、それが特権的に語られる場所性において、被支配階級の問題をないがしろにしている点が批判されています。場所性を重んじる立場は、特権的エリートに有利なものにすぎないのだ、というわけです。