■市場は低次の欲求と両立しない

<問い>の読書術 (朝日新書)

<問い>の読書術 (朝日新書)

大澤真幸『<問い>の読書術』朝日新書

大澤真幸様、ご恵存賜り、ありがとうございました。

 さまざまな本への論評を束ねたものですが、そこから新しい思考がはじまります。
 マイケル・サンデル著『それをお金で買いますか』は、市場と道徳が両立しないという問題をさまざまな観点から論じたものです。
 金銭的な報酬を与えられると、私たちはかえって善い行いをやめてしまう、挫かれてしまう、ということがありますね。市場取引の要素は、道徳的な振る舞いを締め出してしまう。そうだとすれば、私たちは市場を管理して、道徳的な行いを促すような社会を構築することが望ましいでしょう。
 でも私たちは、市場を優先することがあります。それは人間の意志が弱いからであり、あるいはまた、市場を管理するコストが高いからでしょう。
 社会はあまりにも複雑なので、禁止しても裏取引が横行してしまうことがあります。そうであれば、仕方なく市場の調整原理を認めざるを得ないでしょう。
 人間というものは、高級な欲求を満たしたいと思う一方で、どんな欲求を満たしたいのかについては後で考える猶予がほしい、だからとりあえず貨幣を得たい、と発想します。貨幣かあれば、様々な可能性を手にすることができ、「勢力(パワー)」を得ることができます。そのような勢力への関心が、「自分で何をしたいのかわからない」という人間を駆り立てるわけです。
 人間は、けっして低次の欲求を満たしたいから、という理由で市場取引を優先するわけではないでしょう。勢力への関心もなく、高級な欲求への関心もない、という人は、低次の欲求を優先させます。でも、本当に低次の欲求とは、稼がずに怠けていたいという欲求であり、これを充たしたい人が増えると、そもそも市場経済は活性されないわけです。
 市場経済というのは、そこそこに中級程度の欲求を満たしたいという人々の願望を前提としています。その上で、高級な欲望よりも、勢力への欲望を優先するように仕向けるシステムだ、と言えるかもしれません。