■現代オーストリア学派の大著の翻訳


通貨・銀行信用・経済循環

通貨・銀行信用・経済循環

へスース・ウエルタ・デ・ソト『通貨・銀行信用・経済循環』蔵研也訳、春秋社

蔵研也さま、ご恵存賜り、ありがとうございました。

 この翻訳の刊行は意義深いと思います。
 1956年マドリッド生まれのデ・ソトは、ルードウィヒ・フォン・ミーゼスの正統な継承者であり、彼の主著である本書は、現代のオーストリア学派を代表する傑作といえます。分厚い体系的な大著です。翻訳の刊行に、心から敬意を表したいと思います。
 しばしばリーマンショックのような恐慌は、自由市場経済新自由主義経済のせいにされることがありますね。市場は、自由に放っておけば不安定になるというのは、誰でも少し想像力を働かせば、理解できます。
 しかし、自由市場経済新自由主義を擁護するオーストリア学派の立場、とりわけミーゼスやデ・ソトの立場は、銀行による信用創造を法的にいっさい認めないのであり、つまり、自由な金融市場というものを認めないのですから、そもそもリーマンショックのような要因を生み出すことはないのです。この点は強調に値するでしょう。
 リーマンショックの原因はいろいろ考えられますが、いずれにせよ、結果としてグローバル市場を不安定化してしまった真の原因は、自由な信用創造(銀行の準備率の問題)それ自体にあると考えられます。この信用創造の制度を根本的に否定するのがオーストリア学派のオーソドクシー。銀行は、100%の準備率を持たなければいけないというわけです。そうでなければ交換経済において詐欺を働いているのだ、というがミーゼス=デ・ソトの理解。こうしたラディカルな見解は、一般に新自由主義に反対する人たちに支持されていますが、これこそまさに、オーストリア学派の主張です。
この思想的な捻じれをどう考えるべきでしょうか。
 本書の意義は、銀行の信用拡大がたんに経済的に望ましくないだけでなく、法的・倫理的にみて「犯罪行為」であり、「窃盗、あるいは横領」とみなす論理を、体系的に説明している点にあります。あわせて歴史的な検証もなされています。
 もっともハイエク立場は、最終的にはこれとまったく別の考え方にいたるので、オーストリア学派といっても一枚岩ではありません。ここら辺が問題状況を分かりにくくさせているのかもしれません。